2009年06月14日

ラー油(辣油、ラーゆ)とは唐辛子などの

ラー油(辣油、ラーゆ)とは唐辛子などの香辛料を植物油の中で加熱して辛味成分を抽出した調味料である。

中国料理・四川料理(特に餃子など)の調味料、薬味として用いられる。

山椒・葱・生姜・にんにく・食用油(一部ごま油)・唐辛子数種をかなり熱した油から油通しして作られる。ザルのようなもので一瞬で行われるため、苦味が出ることはない。

安価なラー油の場合、唐辛子を使わず色素と香辛料で色と辛さを似せて作っている製品もある。

家庭で作る場合は、ゴマ油に唐辛子を入れてゆっくり軽く加熱する。手軽で失敗が少ない方法としては、七味唐辛子をゆっくり加熱してある程度あったまったら火を止め、余熱でゆっくり辛味を抽出させる方法がある。唐辛子は種を入れると辛味が強くなり、また加熱しすぎると苦味が出るので注意する。
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日本における市販の製品や中華料理店で見られるラー油は油成分のみのものが多いが、中国の食堂やレストランに置かれているラー油は、油で熱した際の焦げた唐辛子などの薬味が器の底に沈んだまま提供されている。中国人はその薬味とともにラー油をすくって料理に使用するケースが多い。製法や風味は店舗や地域によるものの、多くの場合日本のボトル詰め製品よりラー油の香りが強かったり、また辛味も口に入れたとたん噎せ返るほど辛いものもある。

2009年05月29日

人と呼ばれていた人々や通りすがりの

若者を次々にたずね、「アポロンの宣託の通り自分が最も知恵があるのかどうか」を知るために対話をおこなった。しかし、ソクラテスのこの行動は相手の考えを向上させることができる対話であったが、当時の賢人たちは「常識」に執着したため、結局、「知っているといっていることを、実は知らないのだ」ということを暴くことになった。相手は論破され恥をかかされたとしてソクラテスを憎むようになった。

このため、「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」などで公開裁判にかけられることになった。アテナイの500人の市民がソクラテスの罪は死刑に値すると断じた[1]。原告はメレトスという人物で、政界の有力者アニュトスらの後ろ楯とみられる。告訴の背景には上記の他にもペロポネソス戦争とその後の暴政など複雑な事情があったと考えられる。

ソクラテスは自身の弁明(ソクラテスの弁明)を行い、自説を曲げたり自分の行為を反省したりすることを決してせず、追放の手も拒否し、結果的に死刑を言い渡される。票決は2回行われ、1回目は比較的小差で有罪。刑量の申し出では常識に反する態度がかえって陪審員らの反感を招き大多数で死刑が可決された。

神事の忌みによる猶予の間にクリトン・プラトンらによって逃亡・亡命も勧められ、またソクラテスに同情する者の多かった牢番も彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていたがこれを拒否。当時は死刑を命じられても牢番にわずかな額を握らせるだけで脱獄可能だったが、自身の知への愛(フィロソフィア)と「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫き、票決に反して亡命するという不正をおこなうよりも、死を恐れずに殉ずる道を選んだ。

紀元前399年、ソクラテスは親しい人物と最後の問答を交わして毒ニンジンの杯をあおり、従容として死に臨んだ。この顛末は弟子であるプラトンの著作『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』にくわしく書かれている。
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無知の知
ソクラテスはアポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされた。ソクラテスはこれを、自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだと考えたとされる。
また一般に、ソクラテスは対話を通じて相手の持つ考え方に疑問を投げかける問答法により哲学を展開する。その方法は自分ではなく相手が知識を作り出すことを助けるということで「産婆術」と呼ばれている。ソクラテスのもちいた問答法は、相手の矛盾や行き詰まりを自覚させて、相手自身で真理を発見させた。こうして知者と自認する者の無知を晒させたことから、エイロネイアともいう。→イロニーの語源
アレテー
彼の最も重視した概念はよい生き方としてのアレテー(徳)である。人間のアレテ?は魂をよりよくすることであり、刑罰もそのために有効だとする。また、アレテーを実践する者の人生は幸福であるとも主張した。しかし、これはプラトンの考えという説もある。なぜなら、ソクラテスは著書を残していないのである。

2009年04月25日

ティリダテス1世

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ティリダテス1世(Tiridates I、在位:紀元前211年頃?)は、アルサケス朝パルティアの初代王アルサケス1世の弟。

ティリダテス1世がアルサケス1世とどのような関係にあったのかは論争のある所である。かつてはアルサケスはそもそも王が名乗る単なる称号に過ぎないのであって、特定の人物の固有名詞ではなくティリダテスが王となった後アルサケスを名乗ったのだという、アルサケス1世とティリダテス1世の同一人物説が唱えられたが、後の王フリアパティウスがアルサケス1世の甥の息子(即ちティリダテス1世の孫)と記すオストラコン(陶片)の発見によって同一人物説には大きな反証が提示された。

またアルサケス1世死後ティリダテスが王位に付いたのかどうか、また付いたのであればその時期はいつ頃か、どのような経緯を辿ったのかなど、学者によって立場も違いはっきりしていない。ティリダテス1世が有力者であったこと自体は疑いが無く、彼は多くの要塞の建設や新都市ダラの建設などを手がけている。

アルサケス1世の息子アルサケス2世の後に王となったフリアパティウス以後、ティリダテス1世の子孫がパルティアの王位を継承していくことになるが、この王統の変化に関する経緯も不明な点が多い。

2009年04月09日

エモ・ファッション

エモ・ファッションとは、世界各国(アメリカを始めヨーロッパやアジアなど)で10代を中心に流行っているファッションの一つである。2000年以降のエモ、スクリーモ、ゴシック・パンク等のバンドやファンにこの趣向が多い。しかし全てのエモバンドが必ずしもそのような格好をしている訳ではなく、そのような格好をしているものが必ずしもエモ、スクリーモ、ゴシック・パンクのファンであるとは限らない。

『Category:ファッションの傾向を表す言葉』も参照。
加筆の際には『Wikipedia:すぐに古くなる表現は使わない』にも注意のこと。

概要 [編集]
最も重要な要素は髪型で、微妙に違うスタイルがいくつもあるが基本的には少年が前髪を長く伸ばし顔半分隠すものが主流。女子も長い前髪を斜めに分けるものが多い。どちらも黒髪(薄い色の髪はわざわざ黒に染める)がほとんどだが中には黒髪の上に金や赤のメッシュを入れるものもある。男子の場合後ろの髪は短く切りワックスなどでスパイキーにするものが多い。また顔を全体的に前髪で覆うことが多いので本人の顔がわかり難い事があり、そこから「皆同じに見える」とも言われる。

服装に関しては、サイズの小さい黒いタイトなTシャツに、タイトなジーンズ、そしてコンバースかヴァンズのスリッポンを履いている事が多い。最近では自分の一番好きなメタルやスクリーモバンドのTシャツを着る人が多い。ズボンも細めのもの(時には肌にぴったり合うほど細い)が多いため、このファッションをあまり理解しない人からは「ゲイのファッション」などと言った誤解や偏見を呼んでいる。また、パーカーも人気でフードを被って着用することが多い。

顔面にSnake Bitesなどのピアス、特に唇や顎など口の周りが人気である。左右両端の唇に一個ずつするものが多い。また鼻や鼻の穴の下などもよくある。

男女関わらず化粧をする事が多く、男子でも軽い化粧(アイラインや目の下の頬紅)などがよく見られる。

ファッション的にゴシック・ファッション、グランジ・ファッション、スケーターファッションの影響を受けていると思われる。 アメリカの西海岸やイギリス、ヨーロッパ全土、またケベック州ではある一種のメインストリームになっている。

エモ・ファッションの行動や思想の特徴 [編集]
多くの点で日本のヴィジュアル系と一部が似ているがヴィジュアル系とはまた別のファッションである。 色々な考え方があるが最も多く知られているもので「SUICIDAL(自殺的)」などをテーマにしている人が多く、リストカット等の自傷行為も少なからず見られるのでエモファッション=自殺のように結び付けて考えている人が多い。女子の間では愛する人(彼氏など)を異常なまでに思い、その猟奇的とも言える気持ちを詩に綴る姿も多く見られる。

また、ヴィジュアル系同様、バイセクシャルも大切なコンセプトの一つであり、少年同士がキスをしたり抱き合ったりする写真を撮る等同性愛的な行為をすることも流行っているがこの場合ほとんどはファッションに合わせた演技、遊びに過ぎず、自ら両性愛を名乗る少年少女達のほとんど全員がPoserである。また男子が少し中性を気取ったり、ファッションや雰囲気などをわざと実年齢より子供っぽく見せるなど、他のファッションには無い不思議な傾向も見られる。

上記のイメージであまり一般人から良い印象を持たれていないのが現状である。むしろそういったイメージが 近年の音楽シーンにおけるエモのネガティブイメージにつながっている。

プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

2009年03月25日

富山地方鉄道14720形電車

富山地方鉄道14720形電車(とやまちほうてつどう14720がたでんしゃ)は、富山地方鉄道の電車。

1962年、モハ14721・14722の2両が日本車輌で製造された。10020形とほぼ同形で、10020形はMM'ユニット車であるのに対し、本型式は単独走行可能な1M方式である点が違いである。製造当初はモハ14721-サハ222-モハ14722の3両編成であったが、1969年にサハ222はクハ170形に改造された。以後、モハ14720形とクハ170形の2両編成を組んでいる。

2006年現在に稼動中の富山地方鉄道の鉄道線車輌の中では、最も古い。

車体 [編集]
モハ10020形とほぼ同じ、全長18mの2扉車である。側面のデザインは、日本車輌が同時期に製造した名鉄5500系電車や長野電鉄2000系電車と似通っている。前面は2枚窓で、ヘッドライトは窓上の中央と両端に3灯が配されていた。塗装は、登場当初下半分が濃いオレンジ、上半分が薄いオレンジであったが、その後白地に窓周りがライトグレーで、窓下に赤の帯を入れる塗装になった。モハ14721は、さらにその後上半分がイエロー・下半分がグリーンの新塗装とされている。

モハ14721は1986年、モハ14722は1987年に冷房化が行われ、あわせてヘッドライトは2灯化された。現在はワンマン化改造も行われている。

座席は、扉間が転換クロスシート、車端部はロングシートとなっている。

機器 [編集]
110kwの電動機を搭載しており、10020形の75kWに比べ出力アップが図られている。 台車は、空気バネ台車であるNA-307を履く。

お召し列車 [編集]
1969年5月に富山県で行われた全国植樹祭では、3両編成でお召し列車として運用された。その際には、サハ222の車内の椅子を一部取り外し、ソファとテーブルを置いた。列車の前後には日章旗が取り付けられた。

まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

2009年03月09日

クララやヨアヒムなど、シューマン周辺にいた人たちが

晩年(ほぼ1850年以降)になると、かなり簡明で節約された手法によると同時に、一種重厚な響きを持つ作品が増えていった。従来これらの作品はシューマンの健康の衰えと関連付けられ、否定的な評価が下されることが多かった。一例として、『ヴァイオリン協奏曲』の場合、クララやヨアヒムなど、シューマン周辺にいた人たちが、演奏不可能であるとして、公開演奏も出版も行わなかったために、ゲオルク・クーレンカンプが1937年に初演するまで埋もれたままになっていたのである。

現在、これらの作品群はこの時期のシューマンならではの価値ある作品として、徐々に光が当てられつつある。しかし『ミサ曲』や『レクイエム』は往年のシューマンの輝きからはあまりにも遠く、演奏や録音頻度は多くない。

その他
シューマンは子煩悩であったが、子供、もしくは初心者のための作品が比較的多いことも特徴である。これは他の同時代作曲家に例を見ないもので、後世にいたるまで価値を失わない、音楽教育の分野での大きな貢献であるといわれている。

評論
評論家としてのシューマンはまず、1831年に『作品2』という表題の評論を発表し、「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」と、同い年のフレデリック・ショパンの才能を早く見出したが、ショパン自身はシューマンが自分の作品に対して見せた熱狂に困惑していた。この熱狂振りは、「ショパンの主題による変奏曲(遺作)」が書きかけで残されていたことにも現れていた。

シューマンはその評論の中に架空の団体『ダヴィッド同盟』を設定し、この団体のメンバーによる架空座談会という形での音楽評論を多用した。この架空座談会に登場する「フロレスタン」と「オイゼビウス」という人物が最も良くシューマンの意見を表しているとされる。「フロレスタン」は活発で行動的、「オイゼビウス」は物静かで瞑想的で、彼らはシューマン自身の2つの面を表した分身であったとも言う。なお、この『同盟』は音楽作品にも顔をのぞかせている(op.6、op.9など)。

こうしてシューマンは、ドイツ観念論哲学の影響を強く受けながら、当時の音楽界に支配的であった享楽的な空気に敢然と戦いを挑み、自身が理想と信ずる旗印を高く掲げた。また自分とは違う方向性を見せていた場合でも、すぐれたものには惜しみない賞賛を送るなど、極めて公平かつ鋭い批評をしたというのが専らの評価である。ただしロッシーニやマイアーベーアなどの当時の流行オペラ作曲家に対する低い評価や、ショパンやブラームスに比べ、同じジャンルで作品を発表していたアルカンに対しての批判的な批評など、公平を欠いているものも少なくないと批判する意見もある。

他にもショパンのほかに、メンデルスゾーンを擁護し、若き日のブラームスを発掘、また、ベルリオーズをドイツに紹介、シューベルトの器楽曲を賞賛し『大ハ長調交響曲』を発見、バッハ全集の出版を呼びかけるなど、ドイツ音楽の地位向上と忘れ去られていた過去のドイツ音楽の名作の再評価に決定的な役割を果たした。

主要楽曲一覧

管弦楽曲
ツヴィッカウ交響曲 ト短調 WoO.29
交響曲第1番変ロ長調 『春』 op.38
交響曲第2番ハ長調 op.61
交響曲第3番変ホ長調 『ライン』 op.97
交響曲第4番ニ短調 op.120
序曲、スケルツォと終曲 op.52
序曲『メッシーナの花嫁』 op.100
序曲『ジュリアス・シーザー』 op.128
序曲『ヘルマンとドロテア』 op.136

協奏曲
ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック ヘ長調 op.86
序奏とアレグロアパッショナート ト長調 op.92 (ピアノと管弦楽)
チェロ協奏曲 イ短調 op.129
幻想曲 ハ長調 op.131 (ヴァイオリンと管弦楽)
序奏と協奏的アレグロ ニ短調 op.134(ピアノと管弦楽)
ヴァイオリン協奏曲 ニ短調(1853年、作品番号無し)
ピアノ協奏曲 変ホ長調(未完)
ピアノ協奏曲 ヘ長調(未完)
ピアノ協奏曲 ニ短調(断片)

室内楽曲

弦楽四重奏曲
弦楽四重奏曲第1番イ短調 op.41-1
弦楽四重奏曲第2番ヘ長調 op.41-2
弦楽四重奏曲第3番イ長調 op.41-3
2つの弦楽四重奏曲(草稿、作品番号無し)
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

ピアノと弦楽器
ピアノ五重奏曲変ホ長調 op.44
ピアノ四重奏曲変ホ長調 op.47
ピアノ三重奏曲第1番ニ短調 op.63
ピアノ三重奏曲第2番ヘ長調 op.80
ピアノ三重奏曲第3番ト短調 op.110
ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調 op.105
ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調 op.121
ヴァイオリン・ソナタ第3番イ短調(2つの楽章をF.A.E.ソナタから転用)
チェロとピアノのための民謡風の5つの小品 op.102
ピアノとヴィオラのための4つの小品『おとぎの絵本』op.113

ピアノと管楽器
アダージョとアレグロ op.70 (ホルンとピアノ)
幻想小曲集 op.73 (クラリネットとピアノ)
3つのロマンス op.94 (オーボエとピアノ)

その他の編成、あるいは2台ピアノのための楽曲

アンダンテと変奏曲 op.46 (2台ピアノを含む室内楽、あるいは2台ピアノ)
『おとぎ話』 Op.132(ヴィオラ、クラリネットまたはヴァイオリン、ピアノ)

2009年02月21日

南方のザラで会計担当の書記官をしていたが

パティアス
ドール ワーカー イエロー コヒル ナツメグ トリックス パントリ スプーン パハク ツイン イートイ しゃみ プリズム リンゴ ストロベ チュー オムライス 冒険家 サイメッ チュートリ チョン フェニ キャン ファンブル フィス サザン ビエラ デパー 木綿のハン コイズ ラウンド ジンコール パフス マザー オシレー にっけ ベンチ こかげ チョッキ 日本全国 ユニタ タグカード オプテ ユトレ アドイン フリゲート 極楽トンボ トルリン ワスレナ フェミ

[第1部]
南方のザラで会計担当の書記官をしていたが、アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。ナルサスの推薦で会計監になり、財務監理など後方支援作業を行った。
[第2部]
王国会計総監(スパンデイヤード)を努める。必要な時、必要な所に、必要なだけの予算を回す名人。かなり有能で実務に精通しており、「平時であればパルスの宰相になれる」という評判が立っている。
バルハイ

[第1部]
当初はバフマン配下の千騎長。ルシタニアのパルス侵攻後は短期間に複数の万騎長に仕えることになる。バフマンの死後はダリューンの配下となるが、アンドラゴラス三世が復帰して兵権を握るとクバードの配下になり、彼のいい加減さに不平を洩らす。
[第2部]
クバード配下の千騎長として、魔軍との戦闘にも参加する。
シェーロエス

[第1部]
キシュワード配下の千騎長。
[第2部]
キシュワード配下の千騎長。10年もの間キシュワードの靡下におり、大将軍不在時には大将軍府を預かるほど上官からの信頼が厚い。第二次アトロパテネ会戦で受けた刀痕が右のこめかみから頬にかけて残る。エクバターナでお忍び中のアルスラーンらの危機にかけつけるが、持ち前の機転と思慮深さで気づかぬふりをし、ダリューンから事後処理を任される。
モフタセブ

[第2部]
クバード配下の年輩の千騎長。クバードからの信頼も厚い。ペシャワールにて魔将軍イルテリシュの手にかかり、アルスラーン即位後、千騎長では初の戦死者となる。
パラザータ

[第1部]
パルスの騎士。ペシャワール城がトゥラーン軍の侵攻を受けた際に、大陸公路をエクバターナに向かって進軍中のアルスラーンへの急使として選ばれた。途中、酷使された馬が斃れてしまい、偶然通りかかったクバードから馬を借り受ける。
[第2部]
大戦後にキシュワード配下の千騎長に昇進した。オクサス地方の変事に五百騎を率いて急行する。
ペラギウス

[第1部]
アンドラゴラス三世の下でのギラン総督。40歳の貫禄のある人物。ギランへ戦火が及ばないことをいいことに私腹を肥やしていたが、アルスラーンらによって不正を暴かれ、追放される。
フィルダス

[第2部]
王墓管理官(ニザル・ハラーフル)を努める宰相ルーシャンの縁者。アンドラゴラス三世に絡んだ奇怪な事件に巻き込まれる。
バニパール

[第2部]
パルスの勇敢な騎士。トゥースより10歳ほど年長の戦友。ルシタニアとの戦いの中で、重症を追い故郷に戻るが死去。三人の娘がいるが揃ってトゥースの妻となった。
バッツァーニ

[第2部]
ザラーヴァント靡下の仕官で、エクバターナの様々な土木工事に従事し五百騎長の称号を持つ。元はバダフシャーン地方で銀山の坑夫頭をしていたが、アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。
マーカーン

[東方巡歴]
絹の国(セリカ)へ赴くパルス使節団の団長。パルスにも正式な家族があるが、絹の国にもまた別の家族を持つ。
バーヌ

[東方巡歴]
絹の国(セリカ)へ赴くパルス使節団を守る護衛隊副隊長。隊長のダリューンよりも年長の騎士。

その他
タハミーネ

[第1部]
アンドラゴラス三世の王妃。36歳。年齢不詳の妖しい美貌を持ち、その美貌によって幾人もの男から求愛を受けた。元バダフシャーン公国(パルスとの戦いに敗れて滅亡)の公王カユーマルスの公妃。その前は同国の宰相の婚約者であったが、カユーマルスに奪われ、宰相は自殺した。パルスによるバダフシャーン併合後にアンドラゴラス三世が妃として迎える。ルシタニアによるエクバターナ占領時には、ルシタニアの国王イノケンティス七世より求愛を受ける。アンドラゴラス三世との間に子供がいる。
[第2部]
パルスの王太后。39歳。大戦後は王都エクバターナを離れ、故郷である旧バダフシャーン公国の首府ヘルマンドスで、公国の離宮であった館に王太后府を設けて隠棲中である。一貫してアルスラーンに対して冷ややかな態度を取っている。
ヘイルターシュ

[第1部]
ゾット族の族長。メルレインとアルフリードの父親。酒癖が悪く、何故かメルレインに辛く当たる事が多かった。剣の腕も相当であったとされるが、ヒルメス一行を襲った際に返り討ちにあう。
パトナ

[第2部]
パルスの騎士バニパールの長女で、トゥースの妻のひとり。18歳。
クーラ

[第2部]
パルスの騎士バニパールの次女で、トゥースの妻のひとり。17歳。ナルサスよりも絵がうまいとの評がある。
ユーリン

[第2部]
パルスの騎士バニパールの三女で、トゥースの妻のひとり。15歳。
レイラ

[第2部]
オクサス地方ハッラールの谷にあるアシ女神の神殿で、女神官見習いをしている背の高い若い娘。19歳。棒術の達人で領主の甥であるナーマルドとは因縁がある様子。孤児だが、王族または高位の貴族にのみ許される意匠の銀の腕輪を所有している。
ケルマイン

[第2部]
パルスの諸侯であるムンズィルの異母兄。母親違いだが容姿が弟のムンズィルに似ていたと言われる。故人。ムンズィルと遠乗りに出かけ、馬とともに谷に墜ちて死に、遺体は獅子に食われたとされる。
ナーマルド

[第2部]
ケルマインの息子でムンズィルにとっては甥にあたる。ザラーヴァントの従兄弟。
パリザード

[第2部]
パルス出身の背が高く豊満な美女。非常にしたたかで生活力がある。しばらくザンデとともに旅をしていた。ミスルでザンデが殺害されるとマルヤムにわたり、さらにエステルらと同行してパルスへ向かう。レイラと同じ銀の腕輪を所有する。
イグリーラス

[第2部]
ファランギースのかつての恋人で故人。黒い髪で褐色の瞳を持ち、背が高く立派な容姿をしていた。学業も優秀で、弁舌もさわやかで巧みであり神官としては優秀であった。しかし自尊心と出世欲が強く、出世できないのを身分制度のためとして、堕落してしまう。やがて冤罪に問われ、護送途中に逃亡を計るが、断崖から転落し死亡。弟がいる。
アイーシャ

[第2部]
ヘルマンドスの生まれで、タハミーネの侍女として王太后府に勤めていたが、ある事件で職を失い、イスファーンの世話とルーシャンの裁量によって王宮に勤める事になる。17歳。笑い出すと止まらない。女神官見習いとして修行を積んだ経験から、緑玉に魔除けの効果がある事を知っており、「蛇王の眷属」の正体を暴く役に立った。イスファーンいわく「よくころがる娘」。
(ギラン出身の)ルッハーム

[第1部]
グラーゼの腹心の部下。パルスには同名の将軍がいる。
[第2部]
グラーゼの部下の中で、重要事の使者や、グラーゼの代理として交渉役を任されることが多い。多言語に通じている。同名のルッハーム将軍が病死し、名を名乗る際に「ギラン出身の・・・」をつけなくて良くなったと喜んでいる。
ヨーファネス

[第2部]
グラーゼの部下でマルヤム人の母を持ち、一応グラーゼの親戚筋にあたる。12歳からグラーゼの弟分になる。商才はあまりないが、勇敢で前線での戦闘指揮には才能を示し、武勇にも優れる。
ハリム

[第2部]
エクバターナにある公衆浴場(ハンマーム)の腕の良い浴場世話係(ダッラーク)。蒸気風呂で行われていた法官らの会話を盗み聞きしてしまい、役人に追われることとなる。ちょうどお忍びで城下に出ていたアルスラーンに聖庇(アジール)を求め、その後ザラーヴァントの屋敷で保護されることとなる。
カトルネアス

[第2部]
ヘルマンドスにある王太后府の執事長。70歳近い白髪の老人で、旧バダフシャーン公国時代から館の管理をしている。タハミーネとは30年近い付き合いがある。
カーセム

[第2部]
ルージ・キルセの役人(ダールーゲ)で、宰相ルーシャンの遠い親戚らしい。王都での栄達を夢見ている。小人物だが悪人ではない。
告死天使(アズライール)

[第1部]
万騎長キシュワードが飼っている鷹(シャヒーン)の名で、双刀と同じ程に有名と言われた。アルスラーンのペシャワール入城後には彼と行動を共にする。伝令役はもとより、ギスカールやシャガードの逃亡をいち早く防ぎ、ガーデーヴィの不埒な振る舞いにしたたかな報復を加えるなど、「翼ある勇者」としても名高い。告命天使(スルーシ)という兄弟がおり、エクバターナに潜入したキシュワードの部下が伝令役として連れていたが、ヒルメスによって殺害された。この2羽の兄弟を通じて、キシュワードとアルスラーンの2人には以前から交流があった。
[第2部]
アルスラーンの飼っている鷹(「暗黒神殿」では”鷹の形をしたアルスラーンの臣下”とある)。空飛ぶ使者として重用される。ペシャワールに魔軍が来襲し、撃退されたとの報をいち早く王都にもたらしたのも彼であった。

ザッハーク一党
暗灰色の衣の老人

[第1部]
蛇王ザッハークの復活を願う魔道士。弟子からは「尊師」と呼ばれ敬われている。王都エクバターナの地下に潜み、パルスの歴史に様々な形で関与しているとされる謎の老人である。
アンドラゴラス三世はもとより、オスロエス五世、更には「大王」ゴタルゼス二世とも「旧知」であると称する。作中で明言はされていないが、ゴタルゼス二世に「予言」を吹き込んだのも、おそらくはパルス王家の混乱・分裂を目論んだ彼の仕業と思われる。
弟子にグルガーン、グンディー、プーラード、アルザング、ビード、サンジェ、ガズダハムがいる。アルスラーン一党などに弟子が次々と討たれ、自らも第1部終了直前にルクナバードを持つアルスラーンによって討ち取られたため、第2部開始時にはグルガーン、グンディー、ガズダハム、ビードの4名のみとなる。
グルガーン

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人で筆頭的な存在。
[第2部]
湖上祭を妨害し、騒動を起こそうとしたが、思いがけずファランギースと再会し激しく動揺する。ファランギースによって過去が明らかにされた。
かつてはミスラ神の神殿で兄と共に神官見習として修行しており、兄はファランギースと恋仲であった。だが、尊敬する兄が神殿の不公正に絶望して挫折し、冤罪に問われた末に非業の死を遂げたことで神と人を呪い、蛇王の僕に転向した。
グンディー

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。
[第2部]
エクバターナにて混乱を引き起こそうとするが、ダリューンに発見され捕縛される。
ガズダハム

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。
[第2部]
ザッハークの眷族となった魔将軍イルテリシュを管理する。ジムサの吹き矢によって片目を失う。
アルザング

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。地行術(ガーダック)を得意とし、地中から不意を襲ってルシタニアの将軍やパルスの村人を殺害するが、ナルサスによって討ち取られる。
サンジェ

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。「尊師」よりバフマンが所有するヴァフリーズの密書を奪う命を受け、ペシャワールへ侵入するが、ナルサスの計略にはまって左腕を失う。後日再び現れた際には、右手を「毒手」(爪に毒を仕込み、ひっかいただけで相手を死に至らしめる)に改造していたが、ギーヴによって斬り落とされ、濠に落ちて溺死した。
プーラード

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。アンドラゴラス三世率いるパルス軍との決戦を前に、野外に陣を張るギスカールを拉致しようとするが、夜襲をかけて本陣まで攻め込んできたイスファーンによって討ち取られる。
ビード

[第1部]
魔道士。「尊師」の弟子の一人。
[第2部]
有翼猿鬼を率いて王宮に侵入し、アルスラーンを襲撃するが、ギーヴの妙技により失敗。自身は庭先に潜んでいるところをファランギースに発見され、ダリューンに討ち取られる。

伝説上の人物
英雄王カイ・ホスロー
およそ300年前に「太陽のかけらを鍛えた」といわれる宝剣ルクナバードを用いて蛇王ザッハークを打ち倒し、新しい王朝を築いたパルス現王朝の開祖。「英雄王」の名で知られる。王位に付いたが家庭的には不遇で、息子が兄弟同士が王位継承権をめぐって争い、さらにその弟の方と王位をめぐって争った。遺体は武装したままで蛇王を封印したデマヴァント山にルクナバードとともに埋葬された。
彼は蛇王に対し挙兵するに当たり、料理人を味方につけ蛇王に喰われる運命の男たちを毎日1人ずつ助け、代わりに羊の脳を蛇王に差し出した。そして1年の後に365人の兵を率いて立ち、長い戦いの末に遂に蛇王を打倒した。この故事に習い、パルスでは羊の脳を食わぬようになったと言われる(当然ながら隣国シンドゥラにはこの禁忌は無く、アルスラーン一行は知らずに食べさせられて後でげんなりした事がある)。
蛇王(へびおう)ザッハーク
1000年もの間パルスを恐怖で支配した王。両肩から蛇が生え、その蛇は人間の脳を喰らい毎日健康な男性が身分の別無く殺された。カイ・ホスローも殺すことはできず、デマヴァント山の地下に封印されたと言われる。その名は現在にあっても全てのパルス人の恐怖の象徴であり、どれほどの剛勇や英知を誇る者も例外ではない。
聖賢王ジャムシード
1000年以上昔にパルスを統治していた、「聖賢王」の名で知られる王。公明正大な王であったとされるが、長い治世の末に人心が荒廃し、蛇王ザッハークによって倒される。その名は後代にあっても正義と英知の象徴とされ、裁判などの際の「ジャムシードの鏡を見よ」という言葉は、真実は必ず明らかにされる、との意味。なお、アルスラーンが即位して出生の秘密を公表した際、巷間にはアルスラーンはジャムシードの末裔であるとの伝説が流布した(無論根拠は全く無い)。
海賊王アハーバック
ギランの街に伝わる財宝伝説の元となった海賊。彼の残した財宝は金貨(デーナール)に換算して1億枚とも言われる。
※英雄王カイ・ホスローのモデルはペルシア伝奇上の英雄フェリドゥーンで、名前の由来はホスロー一世か。ザッハーク(アジ・ダハーカ)、ジャムシードはそれぞれ同名の人物がモデルとなっている。詳しくはザッハークの項目を参照のこと。


ルシタニア

主な王族
イノケンティス七世

[第1部]
王位には就いているが無能で、現実の問題を処理する能力は何一つ持たない。困った事があると全て王弟であるギスカールに押し付け、自分は何もせず神に祈るだけである。政治にも軍事にも関心が無い。敬虔な信徒であるため教えを守って酒を飲まず砂糖水を飲む。タハミーネの美貌にほれ込み、信仰(異教徒との結婚はできない)と恋愛の板ばさみとなる。短剣で腹を刺されても致命傷とならないほどの肥満体。剣を振るった事など無く、馬にすら乗れぬ惰弱な王であったが、最期は狂信に突き動かされ、アンドラゴラス三世を羽交い絞めにしたまま塔より墜落死し、「地上で最も惰弱な王が最も剛毅な王を殺害する」という離れ業をやってのけた。名前の由来は第四回十字軍時の教皇インノケンティウス3世か。
ギスカール

[第1部]
イノケンティス七世の弟。公爵。政治、軍事、両方ともに卓越した手腕を持つ。ルシタニアの実質上の最高権力者。兄であるイノケンティス七世より常に厄介な相談事を持ちかけられ内心では腹立たしく思っており、いつかは王位につきたいとの野望を持っている。マルヤムを攻め落とし第一次アトロパテネ会戦でパルスに快勝した。その後パルスの王都エクバターナも攻略して一時的とはいえパルスへの遠征を成功へと導いた。しかし最終的には第二次アトロパテネ会戦で、アルスラーン率いるパルス軍に敗れてマルヤムへと落ち延びる。一代の梟雄であり、どちらかといえば悪党なのだが、イノケンティス七世、ボダンを始め、まわりの規格外の奇人怪人に振り回される、苦労性の常識人というイメージが強い。
[第2部]
大戦後はパルスからマルヤムに落ち延び、ルシタニアには帰還しなかった。ボダンによって捕らえられ牢につながれる。協力者を得て牢から助け出され、マルヤムで勢力を誇るボダンを破り(マルヤムの)王位に就く。後年、彼の興した王朝は、彼の挙兵の地にちなんで「ケファルニス王朝」と呼ばれる事になる。捕らえたボダンの処刑については「お前(ボダン)をいたぶる快楽をパルス人に与えてなるものか」(本人談)と言い放った。

主な聖職者
ジャン・ボダン

[第1部]
ルシタニア王国国教会の大司教。異端審問官(インクイシチア)。イアルダボート教の教えを広めるためには焚書、虐殺なども平気で行う狂信者。教会直属の武装集団である聖堂騎士団(テンペレシオンス)を配下に持つ。ギスカールの政敵であり狡猾な人物で、戦いに敗れても生き延びる不気味な存在。聖堂騎士団の団長であるヒルディゴの死後、王室(王弟ギスカール)と教会(ボダン)との対立が激化し、配下の聖堂騎士団を率い、ザーブル城に立てこもる。ザーブル城での敗北後にパルスからマルヤムに落ち延びる。
[第2部]
マルヤムを実質支配し、イアルダボード教の総大主教となる。一時的に神聖マルヤム教国の教皇と称した。しかし同じくパルスからマルヤムに落ち延びてきたルシタニアの王弟ギスカールと対立し、自らの失言によって形成が逆転し敗北する。マルヤム各地を転々と逃げ回ったあげくに捕らえられ処刑される。
ヒルディゴ

[第1部]
ジャン・ボダン配下の聖堂騎士団(テンペレシオンス)の騎士団長。赤黒い鬚を持つ男で強欲な人物。マルヤム駐屯時は、50万人もの男女を奴隷として売り飛ばした。ルシタニア王室に対抗する為にボダンによって、聖堂騎士団ともどもパルスへ招聘されたが、密室で同衾の美女と共に不可解な死を遂げる(実は魔導師の仕業)。

主な将軍・貴族など
ボードワン

[第1部]
モンフェラートと並ぶギスカールの腹心の部下で、ルシタニアでは数少ない大軍を指揮できる将軍。ギスカールの切り札の一枚。ルシタニアの先発隊を率いてパルス軍と戦ったが、キシュワードによって討ち取られる。名前の由来は第四回十字軍参加のフランス諸侯フランドル伯ボードゥワンか。
モンフェラート

[第1部]
ルシタニアで最も高潔な騎士として知られる。ルシタニアでは数少ない大軍を指揮できる有能な将軍であり、ボードワンと並んでギスカールの腹心の将軍。ルシタニア人ではあったが、神の名の元に異教徒を殺戮・略奪することには懐疑的。聖堂騎士団に属していた弟を銀仮面卿によって斬殺される。ギーヴによって討ち取られる。
バラカード

[第1部]
ルシタニアの将軍でボードワンの副将格。トゥースの鉄鎖に顔面を砕かれ戦死する。
ファン・カリエロ

[第1部]
ルシタニアの将軍。男爵。モンフェラートの腹心。
ゼリコ

[第1部]
ルシタニアの将軍で子爵。国王殺害未遂犯となっていたイリーナ姫を救出した銀仮面卿(ヒルメス)が王都を離れる際、その追撃部隊の指揮官に任命されるが、ザーブル城向かう途中で待ち伏せしていたサームらパルス軍によって討ち取られる。
ルトルド

[第1部]
ルシタニア屈指の大貴族で侯爵。狂信的な言動をもてあましたギスカールに実質的に追放され、ダイラム地方に私兵三百騎を持って侵攻する。
[第2部]
ルージ・キルセ(紅い僧院)の街の囚人。パルス語が話せないために身元不明のルシタニア人として牢に収監されていた。
バルカシオン

[第1部]
ルシタニアの将軍で伯爵。60歳に近い老人。一人の人間としては尊敬に値する人物(ギスカール談)。聖マヌエル城の守備を任されるが、元々はルシタニア国立図書館の館長で、武将というよりは文官に向いていた。エステルの祖父とは旧知であり、彼女の後見役を引き受ける。突然の遭遇戦の際に判断が遅れ、聖マヌエル城へのパルス軍の侵入を許してしまう。落城の際、塔から飛び降りて自殺する。
クレマンス

[第1部]
ルシタニアの将軍。赤ひげの偉丈夫。まじめで信心深く、同じイアルダボート教徒に対しては親切で公正で気前が良く「正義の人クレマンス」と呼ばれたが、異教徒には徹底して残忍。チャスーム城の守備を任され、一時はパルス軍に対して攻勢に出る。しかし、ナルサスの詭計に嵌り、ダリューンによって討ち取られた。
プレージアン

[第1部]
ルシタニアの将軍。伯爵。サルハード平原の戦いで右翼の増援部隊の指揮を任される。猪突猛進な戦い振りで、一時はパルス軍を押し返すが、突如現れたアルスラーン率いるパルス軍によって逆撃にあい、ダリューンによって討ち取られる。
ペデラウス

[第1部]
ルシタニアの有力な将軍で騎士団長。伯爵。味方に対しても残虐な性格で、異教徒に対しては残酷さを自慢するほど。エクバターナにて怪死する(魔道師の仕業)。ボダンは報復に異教徒1万人を火刑にせよと主張し、占領政策に腐心するギスカールと対立する。
ルトルド

[第1部]
ルシタニアの貴族。侯爵。乗馬に黄金の鎖甲を着せ、自らも宝石や装飾品が多数付いた軍装をしていた。イスファーンによって自慢の甲ごと槍で突かれ戦死。ダイラム地方に侵攻したルトルド侯爵とは同名の別人か?
オルガス

[第1部]
ルシタニアの宮廷書記官。ギスカールの元で実務の処理にあたる。第二次アトロパテネ会戦にてダリューンによって捕らえられ、ギスカール捕縛の原因となる。

2009年02月05日

草薙 柴舟(くさなぎ さいしゅう、Saisyu Kusanagi)

草薙京の父親であり、先代の草薙流伝承者。京が15歳の時に柴舟を破ったため、伝承者の座を譲り、武者修行の旅に出ていた。日輪の紋の入った和服と篭手を付けて戦う。『ザ・キング・オブ・ファイターズ(以下KOF)'94』の主人公チームのストーリーデモで初登場するが、1人の格闘家としてルガール・バーンシュタインに挑み、敗北。空母「ブラックノア」内の壁に瀕死の状態でもたれかかっていたところ、大会に優勝してブラックノアに案内されてきた京達と出会い、京に後のことを託す。なお、京がルガールを倒したことでブラックノアは自爆するが、その際に柴舟が連れ出された描写がないため、自爆に巻き込まれたものと思われる。『'94』ではチームストーリーなどの事前情報に柴舟の存在が一切出てきていないため、突然出て来て突然死んだという流れになっている。『'94』稼動後も名前すら公表されなかったため、『KOF'95』稼動までは「キョーヤジ」(草薙京の親父の意)と呼ばれていた。
久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

『KOF'95』(以下'95』と表記)では、中ボスとして登場する。ルガールとともに、隠しコマンドを入力することで使用可能。前作での戦闘とブラックノアの自爆で死んだと思われていたが、サイボーグ手術を受けて復活したルガールにより、洗脳を施された[1]。ルガールの尖兵として大会優勝チームの前に立ち塞がる。主人公チームで進めると、京は、父が生きているはずがないと困惑する。なお、設定上では洗脳・復活の際にオロチの力を用いたとされているが、柴舟は戦闘時に草薙流の技しか使わず、オロチの力を使った技に見られる髑髏のエフェクトも存在しない。優勝チームに敗れた後は正気を取り戻し、ルガールの敗北と前後して自力で脱出、無事に生還している。しかし、その後は何故か(公式ストーリーにおいては)『KOF2001』のエンディングまで音沙汰が無くなってしまった。『'95』の主人公チームのエンディングで、独自にオロチ一族と戦うことを匂わせる発言をしているが、行方不明になっている間に何をしていたのかは不明である。小説版でも『KOF'97』(以下『'97』と表記)の時点で柴舟が草薙家に戻ってきていないことが明かされている。ただし、『'97』と同時間軸の作品である『KOF京』ではKOF開催以前に既に草薙家に戻ってきている。なお、『XII』では、京に伝承者の座を譲ってから、柴舟は自由気ままに暮らし、オロチとの戦いを息子に全て任せているから、京は柴舟がわざと負けて堅苦しい伝承者を京に押し付けたかったのではないかと回想している。

『KOF'98』(以下『'98』と表記)では、「おやじチーム」として3年振りに参戦。チームメイトであるタクマ・サカザキとは旧知の仲であることが『'95』で判明しているが、同じくチームメイトとなったハイデルンとの間柄は不明。『'98』以降は、対戦前のデモで息子に相手にされず、「無視か!」と叫んだり、勝利ポーズで「熱かったか?」と相手を気遣って見せたり、勝利画面で『オレたちひょうきん族』に登場する懺悔の神様の真似をしてみせるなど、本来は茶目っ気の多い性格であることが伺える。小説版『'98』パロディ編では、京がオロチと戦っている間、何一つ手助けせずに放浪して全てが終わった後にひょっこり帰ってきたことを京に激怒されて一方的な攻撃を受け、パーフェクト負けした。なお、その際に妻のことでのろけて見せたことから、妻を失っているタクマとハイデルンからも「幸せボケしてる」と見捨てられてしまう。

『KOF2001』では日本チームのエンディングで登場。落ち込む矢吹真吾の前に登場し、彼を弟子にした模様。この成果か、『KOF2003』で真吾は新技(ただし我流扱い)を身に付けたほか、稀に発火現象を起こすようになった。草薙流が門外不出であるにも関わらず、真吾を弟子にした理由は謎である。

『KOF'94 RE-BOUT』では、エディット専用の追加キャラクターとして登場。同作品誕生の契機となったKOF10周年記念サイトの1コーナー『ワシらにまかせろ!』からの流れで参戦が決定した。ただし、基本は『'94』の流れを汲むため、主人公チームで進めると、ブラックノアで瀕死の柴舟が登場することに変わりはない。なお、『ワシらにまかせろ!』では藤堂竜白とも知り合いであるような描写が存在する。

『KOF R-2』では草薙流チームとして参戦。デフォルトチームで京とチームを組んでいるのは、後にも先にもこの作品のみである。

『KOF NEOWAVE』では混合チームとして参戦。技性能だけでなく防御力の高さなどの総合面において、対戦ダイヤグラムの上位に位置している。

小説版『'95』(いさき玲衣著)では名前が「草薙紫舟(ししゅう)」となっている。

ゲーム上の特徴
使用する必殺技は、息子の京と同じものもあるが、それぞれの技の性能は京のものとは微妙に異なるほか、柴舟独自の技もあり、京とは異なる戦法を取る。『'95』では、ゲーム全体の攻撃力が高いこともあり、一回の連続技で体力ゲージの半分以上を奪うこともできる。モーションが前方ダッシュと同じでしゃがみガード不可の「四百弐拾七式・神懸」の性能が高い(『'98』では性能が弱化した)。『'98』では、「百八式・闇払い」の隙が増えたが、新技が追加されたほかに、超必殺技の「裏百八式・大蛇薙」が連続技に組み込めるようになり、使いやすくなった。また、一部の通常技は、『'97』で登場する矢吹真吾のそれに継承されている(遠距離立ち強キックや空中吹っ飛ばし攻撃など)。

技一覧
必殺技
百八式・闇払い
百式・鬼焼き
四百弐拾七式・神懸
七百弐拾式・炎重
百拾式・鉈車

超必殺技
裏百八式・大蛇薙
千百弐拾七式・都牟刈
弐百七拾五式・薙鎌

2009年01月21日

宗教改革と初期近代

1521年にマルチン・ルターはローマ教皇から破門されると、ワルトブルク城に匿われた。彼はそこで新約聖書をギリシャ語からドイツ語に翻訳し、それを1522年9月に印刷している(今日、ルター訳聖書と言われているものはその後に改訂を重ねた1534年の訳である)。また、ウィリアム・ティンダル(1494年または1495年? - 1536年)は聖書の英語翻訳を志すが受け入れられず、イギリス国外で翻訳・印刷した英語訳聖書(1526年)をイギリス国内に送り込むのだが、捕らえられて死刑になる。また1531年には改革派にとって重要なチューリッヒ聖書が現れている。これらの聖書は宗教改革において重要な役割を果たした。カトリック教会でも1523年に ルフェーヴル・デタープル(1450年? - 1536年)の翻訳聖書が現れているがこれは基本的にウルガタに依存していた。

英語圏では、欽定訳聖書が1611年に成立するとこれが標準訳としての地位を確立した。ドイツではルター訳聖書が標準訳となり、両者とも近代英語と近代ドイツ語の成立に当たって深い影響を与えた。その他の言語の聖書翻訳の歴史については「翻訳の一覧」の項目を参照されたい。

新世界の言語への翻訳についてはイエズス会 の伝道活動が17世紀の翻訳活動の大部分を主導したが、その後はプロテスタントの宣教活動に徐々に取って代わられていくことになる。

プロテスタントの宣教と各国語への翻訳
1804年にイギリスで発足した英国外国聖書協会は、当初はウェールズ語の安価な聖書普及を目指していたが、すぐに規模と目的が急拡大した。類似組織と共に世界中に支社を作り、様々な言語への聖書翻訳と印刷・出版・配布の事業を行うようになったのである。「聖書は史上最大のベストセラー」という言い方がされる場合があるが、それはこの聖書協会が軍隊・病院・刑務所といった施設に聖書を大量に配布し、安価な値段で販売したことの結果である。ことに主導権をとったのは英国外国聖書協会とアメリカ聖書協会であり、それぞれ19世紀と20世紀を代表する経済大国の聖書協会であるが、共に英語を使用する国家でもあることから、両世紀の聖書翻訳では英語翻訳が大きな影響力を世界中の他言語の翻訳に及ぼしていくことになる。たとえば、日本語訳聖書では明治元訳聖書が欽定訳聖書AV、大正改訳聖書がRV、口語訳聖書がRSV、共同訳聖書が動的等価翻訳理論を適用したTEBというように英語訳聖書に対応した改定が行われている。

また、20世紀後半以降にアメリカで勢力を増したファンダメンタリズムと福音主義の諸教派は聖書協会系の聖書を退け、聖書無誤謬の立場から新改訳聖書NIVを翻訳し、これに準拠させる形で各国語への翻訳と配布を盛んに行っており、彼ら自身の主張によれば「世界で最も普及した聖書」となったという。

この項目に関しては「翻訳の一覧」および 英語訳聖書#現代の聖書翻訳も参照されたい。

カトリック系の聖書翻訳
宗教改革以降、聖書翻訳を推し進めていたプロテスタントに対してカトリック側も聖書翻訳を行うようになるのだが、ウルガタラテン語聖書からの翻訳という一線は常に守られていた。たとえば、1582年のドゥエ・ランス訳(英語訳聖書を参照)はウルガタからの翻訳である。

1943年になってローマ教皇ピウス12世は回勅「ディヴィノ・アフランテ・スピリトゥ」(Divino Afflante Spiritu)を出し、ヘブライ語やギリシア語の原典から聖書翻訳行うことを促した。こうして、ようやくギリシャ語・ヘブライ語原典からの各国語聖書翻訳が開始されることになる。一番有名なのは エルサレム・フランス聖書考古学学院を中心にフランス語圏カトリック系研究者たちが総力をあげて翻訳したエルサレム聖書であろう。1948年から順次出版されて1956年に一冊にまとめられたものであり、豊かな注釈と解説を含むこの翻訳は学問的にも高く評価されて英語やドイツ語に重訳されたほどである。アメリカでは1970年にNew American Bible:NABが出版されて、これも高く評価された。また、日本ではフランシスコ会が原典から日本語への翻訳を行い、これは「フランシスコ会訳」という名前で知られている(1978年に完成)。カトリック側からこうした本格的な聖書翻訳が現れるようになり、共同訳事業が始まるようになるのである。

正教会の聖書翻訳
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

共同訳聖書
1962年から1965年にかけて行われた第2バチカン公会議はカトリック教会の進む方向を大きく変換させた会議であるが、その中では聖書研究の重要性が強調され、各国語への翻訳が推奨され、さらに エキュメニズム(教会帰一運動)への取り組みが確認された。これを受けて、世界各国でプロテスタントとカトリック教会の共同訳聖書事業が始まることになる。

もっとも、早いものはフランスにおいて行われたTOB:Traduction Oecumenique de la Bible であり、第2バチカン公会議より先行して着手されていた。総勢113人の学者が動員されて翻訳に当たった。正教会からの参加者もいたが、正教会はこの翻訳を正式に採用はしていない。日本では1978年の「共同訳聖書」とその翻訳をやり直した1987年の新共同訳聖書がこれに該当する。イギリスでも1989年のRevised English Bible:REBにカトリック教会から公式のメンバーが参加しており、共同訳に近づいている。アメリカではやはり1989年のNew Revised Standard Version:NRSVにカトリックから数名、正教会、ユダヤ教から各1名のメンバーが参加しているが、共同訳というところまでは至っていない。
とまま 月の微笑 アテンポ アトゥドア トリビュ ブイWEB イアリン リスト タンザ マルチ ティック ガーナ デジャブ ぴっこ エミュー レーター マルク レンジャー チータ リーシム タカス イミング チャー オペレ トサミズ イチョウ ワラント ギアサン ミヤマ 一意専 ツァーリ テーマ ネメシア チャック プラグ フレンドリー キープトコ えいち リユース パラソル みるいろ ミル スキーヤー ダイウェブ フリータ カツラ ブラジル レジデント パテ シマル

翻訳の一覧
様々な言語への聖書翻訳についてのリストを言語名のアルファベット順で示す。いくつかの言語については同じフレーズがどのように翻訳されるのか表にして示しておいた。

アフリカーンス語
南アフリカの聖書協会であるBybelgenootskap van Suid Afrikaによって1933年、聖書のアフリカーンス語訳が行われ、更に1953年に翻訳修正が施された。

Gen 1:1-3 in Afrikaans アフリカーンス語訳 Gen. 1:1-3
旧約聖書 In die begin het God die hemel en die aarde geskape. En die aarde was woes en leeg, en duisternis was op die wêreldvloed, en die Gees van God het gesweef op die waters. En God het gesê: Laat daar lig wees! En daar was lig.

アラビア語
10世紀にサアディア・ガオン( Saadia Gaon)は、長い注解を施したタナハのアラビア語翻訳Tafsirをヘブライ文字(Judeo-Arabic)で執筆した。多くの注解は失われたが、訳文はそのまま残った。そして、イエメンユダヤ教の典礼にも用いられた。そこのシナゴーグではトーラ(モーセ五書)はヘブライ語で朗読された後に2度翻訳されて読まれるのである。最初がアラム語のタルグームであり、次がサアディアのTafsirであった。

1671年、カトリック教会は聖書全巻の出版を行った。この翻訳はダマスカス大司教en:Sergius Risiが監修し、en:Francis Britiusが翻訳を手伝った。

もっともポピュラーな翻訳は「ヴァン・ダイク版(Van Dyck Version)」であり、シリア宣教会とアメリカ聖書協会が財政支援した。これはエリ・スミス(1801年 - 1857年)の着想による翻訳事業であり、1847年にベイルートを中心にして開始された。エリ・スミスの死後、コルネリウス・ファン・アレン・ファン・ダイク(en:Cornelius Van Allen Van Dyck)の監修で完成した。en:Nasif al Yazijiやen:Boutros al Bustaniなどが関わっている。こうして新約聖書は1860年3月9日に完成を迎え、1865年3月10日金曜日にタナハすなわち旧約聖書もこれに続いた。この年からおよそ一千万部にも及ぶ聖書が配られ、コプト教会およびプロテスタントで使われていった。この翻訳は欽定訳聖書と同じくテクストゥス・レセプトゥスを主な底本とし、翻訳の文体的なスタイルも欽定訳聖書に倣った。

1973年、国際聖書協会は新しい翻訳に着手する。この計画は「the Arabic Life Application Bible」と名付けられた。Injiが1982年に出て、聖書全体は1988年に完成した。

1992年になるとできる限りの分りやすさを目論んだ動的等価翻訳であるアラビア語現代訳(Today's Arabic Version)が聖書協会から出版された。これは英語のen:Good News Translationに相当している訳である。

The Old Testament, Van Dyck Version

The Injil (New Testament), Van Dyck Version

Arabic Life Application Bible

2009年01月14日

日本における『水滸伝』の受容

日本へは江戸時代に輸入され、1723年(享保13年)には岡島冠山により一部和訳され普及する。19世紀初めには翻訳、翻案が数多く作られ、浮世絵師の歌川国芳や葛飾北斎が読本の挿絵や錦絵に描いた。

1773年(安永2年)には建部綾足『本朝水滸伝』が成立した。これは本編を換骨奪胎し、さらに日本の歴史をも改変した、現在の伝奇小説の先駆けともなる作品である。ほかに『水滸伝』ものとしては『新編水滸画伝』を著したこともある戯作家曲亭馬琴は特に水滸伝を日本を舞台とする物語に取り入れ、代表作となる『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』を書いた。また、パロディである『傾城水滸伝』も書いている。

明治時代以降も百二十回本や百回本を元とする『水滸伝』の翻訳や翻案が生み出された。原典に基づく翻訳としては吉川幸次郎・清水茂による百回本全訳(岩波文庫全10冊)と、駒田信二の百二十回本全訳(講談社文庫全8冊 ちくま文庫同)、佐藤一郎の七十回本全訳(集英社版世界文学全集)、村上知行の七十一回本全訳がある。また、江戸時代後期の侠客である国定忠治の武勇伝はのちに『水滸伝』の影響を受けて脚色された。

翻案では吉川英治の遺作となった『新・水滸伝』、横山光輝の漫画作品『水滸伝』や森下翠、正子公也の『絵巻水滸伝』、北方謙三の小説『水滸伝』、吉岡平の『妖世紀水滸伝』などが知られる。また居酒屋チェーンに「酔虎伝」という屋号が存在するなど、広く人口に膾炙している。

水滸伝には数々の豪傑たちが登場する。それぞれ天傷星、天狐星など、百八の魔星の生まれ変わりである。百八とは仏教で言う煩悩の数でもあり、除夜の鐘で突かれる数でもある。
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梁山泊
詳しくは水滸伝百八星一覧表を参照。

天魁星 宋江(そうこう) 梁山泊三代目首領。
天機星 呉用(ごよう) 梁山泊の軍師。
天間星 公孫勝(こうそんしょう) 道術使い。
天雄星 林冲(りんちゅう) 槍の名手。中国で「教頭」といえばこの人のこと。
天英星 花榮(かえい) 弓の名手。宋江無二の親友。
天貴星 柴進(さいしん) 後周皇帝の子孫。
天孤星 魯智深(ろちしん) 大力無双の破戒僧。
天傷星 武松(ぶしょう) 拳法の達人。
天暗星 楊志(ようし) 顔に青痣を持つ剣士。 
天殺星 李逵(りき) 二丁板斧の使い手。斬り込み隊長。
天微星 史進(ししん) 上半身に9匹龍の入墨を施している。百八星の中で最初に登場する。
天寿星 李俊(りしゅん) 水軍の総帥。
天巧星 燕?(えんせい) あらゆる事に通じる美青年。
守護神 晁蓋(ちょうがい) 梁山泊二代目首領。百八星には含まれていない。
王倫(おうりん) 梁山泊の初代首領。落第書生で偏狭な人物であり、林冲らに粛清される。百八星には含まれていない。
梁山泊の関係者
羅真人(らしんじん) 公孫勝の師で強大な法力を持つ仙人。
王進(おうしん) 史進の師匠。元は八十万禁軍の教頭(武術師範)。
官軍、朝廷
高俅(こうきゅう) 太尉。元幇間。蹴鞠、棒術などに通じるが、心のねじけた悪漢。
童貫(どうかん) 枢密使。宦官で禁軍の総帥。帝に媚び売る奸物。
蔡京(さいけい) 宰相。朝廷の最高権力者で花石綱や収賄で私腹を肥やす。
慕容彦達(ぼようげんたつ) 青州の長官。帝の妃を妹に持ちそれを笠に好き放題をしている。
梁世傑(りょうせけつ) 北京の長官。蔡京の婿で収賄に精を出す。
高廉(こうれん) 高唐州の長官。高俅の従弟にして強力な妖術使い。
宿元景(しゅくげんけい) 太尉筆頭。数少ない清廉な人物。
徽宗(きそう) 皇帝。政治に関心が無く奸臣に朝廷を牛耳られている。
梁山泊の敵・市井の人々等
耶律輝(やりつき) 遼国王。宋国内の混乱に乗じ大軍を起こして宋の併呑を目論む。
田虎(でんこ) 河北を荒らしまわる盗賊の首領。
王慶(おうけい) 淮南の反乱軍の総帥。軽薄な色男。
方臘(ほうろう) 花石綱に不満を持つ民衆と喫菜事魔を利用し江南で反乱を起こした。
石宝(せきほう) 方臘軍の将帥。杭州、烏竜嶺にて泊軍の前に立ちはだかる。
祝朝奉(しゅくちょうほう) 祝家荘の庄屋。三人の息子とともに梁山泊を潰そうと企む。
曾弄(そうろう) 曾頭市の長。女真族で名を上げるため梁山泊を狙う。
西門慶 悪者。豪商で軽薄な色男。二次創作小説金瓶梅の主人公。
潘金蓮 (はんきんれん)武松の兄嫁。絶世の美女で毒婦。二次創作小説金瓶梅、もう一人の主人公。